菅原直敏(神奈川県議会議員)議会報告ブログ〜千里の道も一歩から〜

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神奈川県議会議員菅原直敏の議会報告のブログです。神奈川県大和市選出。無所属。

第1章制度の沿革 1.昔はあった地方議員の退職金(制度の成立の背景)

第1章 制度の沿革

1.昔はあった地方議員の退職金(制度の成立の背景)

戦後の地方議員には退職金があった

 昭和20年に第二次世界大戦が終結し、戦前に整備された日本の諸制度は大きな変革の時期を迎えた。その一連の流れの中で、昭和22年に地方自治法が制定され、日本の地方議会制度も大きく変化した。戦前は名誉職とされていた地方議員は、非常勤特別職の公務員とされ、報酬等(自治法203条)が支払われるようになった。但し、地方議員の退職金や年金に関する定めは一切なされなかった。

 しかし、地方議会議員年金制度が導入される以前に、地方議会議員に退職金を支給する自治体が存在したことが確認されている。また、その支給方法として、条例による正式な手続きに則った方法だけではなく、予算外流用による違法性の高い手法が用いられていたことも明らかになっている(1)。

 このような地方議会の現状も一因となり、昭和31年の地方自治法改正により、第204条の2(給与法定・条例主義)が追加され、地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかなければ、地方議会議員に支給することができなくなった。

地方議員年金制度の成立

 前述の地方自治法改正によって、地方議会議員の退職金は支出の法的根拠を失った結果、地方議員の退職金の支給は沈静化した。しかし、昭和33年に国会議員互助年金法(国会議員年金制度)が成立したことが、事態を一転させた。昭和33年4月16日参議院本会議において、八木幸吉議員は同法に対して、「現在、地方議員は退職金の給与を禁ぜられております。本案が成立しますならば、必ずやこれが地方に波及し、地方費の膨張を来たすことも、これまた明らかであります」と制度導入の反対の論陣を張った。同議員の指摘はすぐ現実のものとなり、都道府県議会議長会等が中心となって地方議会議員年金制度設立運動が盛り上がっていった。

 昭和34年、都道県議会議員に対する退職年金制度制定の動きについて、互助年金制度であればその動きを排斥しない考えを石原幹市郎自治庁長官は示した(2)。さらに、昭和36年安井謙自治大臣は、自治省と調整の上、地方財政に影響のない方法での互助年金制度構築の可能性について言及している(3)。

 かくして、昭和36年第38回通常国会において、地方議会議員互助年金法が、自由民主党日本社会党及び民主社会党の3党の合意に基づいて、超党派で議員提出議案として提出され、衆参両院において可決をされた。但し、同法案の可決にあたり論理的な議論はほとんどなされることはなかった。

なお、確実な文献や資料が存在しないため、地方議員年金制度が導入された実際の理由は推察するしかないが、戦後各自治体議会で横行していたお手盛りの議員退職金という下地があったことは無視できない。また、政府が積極的に推進していないにも関わらず、議員提案で法案が提出されたことからも、地方議員を重要な集票母体とする国会議員の政治的な意図もあったと思われる。但し、いずれの理由にせよ、制度創設に関して国民的議論や合意が一切存在しなかったことだけは確かである。

地方議会議員互助年金法の内容

 地方議会議員互助年金制度の目的は、地方公共団体の議会の任務の重要性にかんがみ、これを組織する議員及びその遺族の生活の安定に資することである(同法1条)。主な内容としては、①公費負担のない互助年金制度であること、②任意加入であること、③将来的に地方公務員の統一的な退職年金制度に統合されることが挙げられる。

 また、退職年金の給付額は、12年議員職を務めたもので、標準報酬年額(標準報酬月額に12を乗じた額)の50/150であり、掛金は標準報酬月額の5/100を毎月納める。誤解を恐れずに簡易な事例を示せば、月12万円の報酬の議員であれば、毎月6千円を12年間納めることで、引退後は毎月4万円の年金を受給できることになる。掛金の回収期間は1.8年である。任意の完全互助年金制度であり、議員の平均勤続年数が被用者よりも格段に短いことを考慮すれば、早晩成り立たなくなる制度設計であることは明らかであった。提案者も具体的な将来設計を明らかにしていない上、既に将来の公費負担についての議論が交わされる等、互助年金制度としては不完全であったことが公に認められる。

地方議会議員年金制度の礎

 地方議会議員互助年金法の精神は、今日に至る地方議会議員年金制度の礎として生きていなければならない。従って、現在の地方議会議員年金制度の議論を行う上でも以下の三つの視点は決して欠いてはならない。

 第一の視点は、制度の瑕疵である。地方議会議員年金は国会議員互助年金に準じて作られている。従って、綿密な制度設計は行われておらず、国会議員年金がそうであったように、同制度も構造的な欠陥を抱えていた。そして、「何故」地方議会議員に年金制度が必要かという議論はほとんどなされなかった。むしろ、当時の国会の論戦からは、政府の見解として地方議会議員年金制度(特に市町村議会議員に対して)の必要性をあまり認めていない。

 第二の視点は、互助の原則である。地方議会議員年金制度はあくまで「互助年金制度」であり、会員の掛金によって運営されることが要求されている。従って、昭和37年の法改正により公費負担が導入されたが、制度の沿革からして例外的措置であって、会員の負担できる範囲で互助会の運営がなされるのが原則である。

 最後に最も重要な視点は、住民自治の不在である。同制度は住民からの要望ではなく、当事者である地方議員の要求に沿う形で制度が導入された。自治体議員の待遇が、住民自治という非常に重要かつ基本的な経過を経ずに定められたという点は、制度の正統性に関わる根源的な問題である。

 以後、現在に至るまでの地方議会議員年金制度の変遷を紹介していくが、これらの三つの視点は必ず念頭に入れて読み進められたい。

(1)昭和30年12月13日の参議院予算委員会において八木幸吉委員が「知事その他の各種地方議員の退職金が約二十億円に上っているだろう」と指摘している。また、同委員は昭和31年2月16日参議院予算委員会で、「条例なり、規則を設けまして、それによって予算措置を講じて支給している場合もあれば、そういうことなしに、議会の議決だけで、はなはだしい場合には予算外の流用をやって支給している、こういう場合がある」と、当時の地方議員の退職金の支給に関わる現状について明らかにしている。

(2)昭和34年11月20日参議院予算委員会において、石原幹市郎自治庁長官は、「初都道府県会議員の問でいわゆる互助年金といいますか、退職年金制度を考えたいという動きがあるようでありまして、(中略)あながちこれをむげに全部排斥してしまうということでなくてもいいと思っておるのであります」と言及した。

(3)昭和36年3月28日参議院予算委員会第四分科会、安井謙自治大臣の答弁「私どもこれは国の議員にも互助年金制度がございますし、また地方でいわゆる退職年金制度はできないまでも、それぞれ地方の公務員もそれぞれの退職金制度を持っておるわけでありまするから、地方議員だけが何にもない状況にあるということに対しては、非常に同情と申しますか、遺憾で、何かできた方がいいというふうに考えております。(中略)地方財政に影響のないような方法で互助年金の制度がとられるような一つ仕組みができれば、非常にけっこうではないかということでせっかく折衝中でございます。」