菅原直敏(神奈川県議会議員)議会報告ブログ〜千里の道も一歩から〜

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神奈川県議会議員菅原直敏の議会報告のブログです。神奈川県大和市選出。無所属。

第1章制度の沿革 4.国民負担による待遇向上(議員年金の社会保障化)

4.国民負担による待遇向上(議員年金の社会保障化)

相次ぐ年金待遇向上の要望

 昭和47年を境に、共済会の収支は外形上安定して推移していくことになる。これは昭和47年より公費負担を導入したことや会員の掛金率を引き上げたことだけではなく、会員である議員の報酬自体が全体的に上昇したことに起因する。

 公費負担の原則化や形式的な収支均衡は、いつしか地方議会議員年金制度の根本的な問題を議論することを忘れさせ、むしろ被用者年金制度及び国会議員年金制度との比較によって、同制度の不備を改善するための議論へと移行していった。そして、社会保障制度の一環としての地方議会議員年金制度という主張が増えていく。議員年金の社会保障化の進行である。

 例えば、昭和52年の法改正時に「地方議会議員の年金制度について、その充実改善を図ること」という付帯決議がなされたことに象徴されるように、共済会や一部の地方議員の強い要望によって、制度の改善を求める要求が段々と強まっていった。

 まず、昭和47年以降ほぼ毎年にわたって年金給付額の増額改定が行われている。これは、急激なインフレに対応するための措置であるが、実質的な物価スライド制の導入と言える。これに対して、物価スライド制の導入は更なる年金財政の悪化が生じると指摘されているが(11)、政府側は給与のベースアップにより掛金及び負担金ともに大幅な上昇をせずとも対応ができると楽観的な見通しを示している。

 その他、実現には至らなかったものの、扶養加算、寡婦加算、老齢加算、最低額保障制度等が、現場の要求に基づいて国会でも要望されており、同制度を公的年金等の待遇に近づけようという取り組みが続いている。

 この間のいくつかの制度改正を紹介する。

 まず昭和49年の法改正では、被用者年金制度との調整措置が導入された。これは、地方議会議員年金が被用者年金と重複して加入できる期間の公費二重受給を是正する措置であり、重複期間の割合によって、退職年金額から25/100を控除する制度である(法161条の2)。その後、公費負担割合も上昇したため、平成14年の法改正では40/100に変更されている。

 次に、昭和61年の法改正では、高額所得者の年金額の一部停止と支給開始年齢の引き上げが導入された。さらに、平成7年の法改正では期末手当に対する特別掛金が導入された。

(11)昭和47年6月6日衆議院地方行政委員会において、塩川委員は「将来スライド制になり、あるいはまたそれに近い改定が毎年行なわれていくだろうと思うのですが、その際に実質的な基金の不足というものが生じてくるんじゃないか。これはもうしろうとが考えても、十数年前の掛け金で積み立ててきておるものを現在の給与ベースに直しました場合には、基金不足が起こってくるのは当然だろう」と指摘している。

30年間の空白

 「地方議会議員の年金制度については、その健全化をはかるための措置を検討すること」、これは前述の通り共済会の破綻が明らかとなった昭和46年法改正の際の付帯決議である。しかし、昭和47年以降の議員年金の待遇改善を求める動きは、この付帯決議と明らかに反する動きである。

 昭和47年に実施された公費負担は、「共済会の収支状況を勘案して、総務省令で定める」(法167条2項)ことになっているが、上限についての定めは存在しない。従って、公費負担率の推移を見ると、昭和47年の公費負担導入当初の公費負担率は「掛金総額の1/9」であったが、昭和55年まで毎年引き上げられ、昭和56年の「標準報酬月額の9.5/100」でようやく高止まりになった。

 これに対して、掛金率は「9/100(昭和48年度)」から「10/100(昭和53年)」まで引き上げられたものの、給付額は一切引き下げられていない。つまり、例外的措置である公費負担率を増やす一方で、基本的措置である掛金率の引き上げ及び給付額の引き下げといった共済会としての自助努力はほとんどなされなかった。

 「低額負担高額給付」の制度を維持するために、共済会は自助努力をほとんどすることなく、その負担を国民に肩代わりしてもらってきたわけであるが、その責任の所在についての議論は現在に至ってもなされていない。

 昭和48年から平成14年までの約30年間、給付削減という最も必要な自助努力を怠ったつけは、国民と後世の現役会員に大きくのしかかり、解決不可能と思われるほど事態を悪化させる。