菅原直敏(神奈川県議会議員)議会報告ブログ〜千里の道も一歩から〜

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神奈川県議会議員菅原直敏の議会報告のブログです。神奈川県大和市選出。無所属。

【メルマガ】地方自治法の呪縛を解き放て

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本年は地方自治法が制定されてから65年になります。最近では地方自治法施行の60周年の記念コインが販売されています。良くも悪くも日本の地方自治制度を規律してきたのは地方自治法とそれに関連する諸法でした。そして、同法の法的根拠は日本国憲法第92条「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」によります。

私は近年叫ばれ続けてきた「地方分権」を推進するためには、この「地方自治法」を廃止するか抜本的に見直す必要があると考えます。

●非常に少ない「地方自治」の専門家

 私は地方自治または自治を専門的に研究してきましたが、私が最も強く感じることは「地方自治」の専門家が非常に少ないことです。より正確に表現すれば、地方自治法をよく理解し、細部まで解説できる「『地方自治法』の専門家」のことを日本では「『地方自治』の専門家」と呼びます。つまり、「『地方自治法』の専門家」≒「『地方自治』の専門家」なのです。

 確かに、戦後日本国憲法の理念を具現化するために形式的にせよ地方に民主主義を導入し、地方自治の形を整えていく上では、地方自治法のような自治体を画一的な枠にはめる法律はある程度の必要性があったかもしれません。また、住民も自治に重きを置かず、経済発展による生活水準の向上を優先させてきたことは一つの歴史的事実です。

 しかし、1990年代にバブル経済が崩壊し、経済成長に基づく税収増をよりどころにした自治体運営が困難になったことや、社会が成熟し住民の価値観が多様化したこともあり、改めて「地方自治」のあり方が問われるようになってきました。換言すれば、地方自治法が住民による地域の自治を保障するよりも国による地方の官治を助長する性質を持っていることに段々と気づくようになってきました。国・地方問わず政治に関わる者が「地方分権」又は「地域主権」等と叫ぶようになってきたこともその一つの表れと理解してよいでしょう。

 但し、そこには大きな問題が存在しました。戦後、「地方自治法」≒「地方自治」だった影響もあり、ポスト地方自治法を展望するための論理的支柱を主張できる人材が非常に少ないと言うことです。

地方分権とは多様性の許容

 地方分権が相当程度進んだ国としてアメリカやドイツが挙げられます。連邦制の両国と集権制の日本を単純に比較することは困難でありますが、両国と日本の地方自治制度の大きな相違を端的表現するのであれば、「多様性と画一性」です。もちろん、多様性が両国の自治制度に対する表現です。

 例えば、アメリカでは州毎に多くの法律、税率、教育内容等が異なります。基礎自治体における政府形態も画一的ではありません。地方議会の運営方法も多種多様です。ドイツも同様です。

 これらのことは、地方分権における当然の帰結なのですが、日本人にはこの地方自治における「多様性」を直感的に理解することが非常に難しいようです。60年以上も地方自治法による「画一性」に慣らされてきてしまったため、画一であることが血肉として浸透しているのだと感じます。

 しかし、この思考回路或いは偏見を取り除かない限り、本質的な意味での地方分権は進みません。例えば、1999年に行われた大規模と言われた地方分権改革において機関委任事務等が廃止されるなどしましたが、地方自治法の本質は基本的に変わっていません。

 地方自治法の本質とは何かと問われれば「画一性」です。つまり「画一性」を「多様性」に変革したときが、本質的変化と呼べるのだと考えます。

地方分権と住民自治は対の議論

 地方分権との関係でもう一点指摘します。それは住民自治に対する認識についてです。

 特に議会関係者に多く見られるのが、議会制民主主義或いは間接民主主義に対する大きな誤解です。その誤解とは、地域の物事は選挙に選出された議員により構成される議会によって最終決定されるべきであり、直接民主制は間接民主制と相容れないというものです。地方自治法直接民主制に関する制度的な不備があることが、このような議会人の意識を形成してきた一つの主因であると考えます。

 アメリカでは、間接民主制を採用する自治体であってもその制度設計の過程では直接民主制が機能します。住民が自治体を設立すると決めたら、憲章(チャーター:自治体の憲法のようなもの)を作成し、その地域の住民による住民投票にかけます。その際に自治体のあり方や政府形態についても定めるのが通例です。また、自治体設立後においても直接民主制が制度として組み込まれており、最終的には議会にも優越します。

 このことは、考えてみれば当然のことであり、行政や議会の正統性は住民に由来するわけですから、直接民主制が間接民主制に優越することがあることになんら疑問は生じないですし、そのことを持って例えば「住民投票に法的拘束力を持たせることは間接民主制の否定又は議会軽視にあたる」というような主張もなされません。時として直接民主制が間接民主制に優越するのは、両制度の補完作用の結果に過ぎないのです。

 余談ですが、本年話題になった名古屋や大阪の首長辞職による争点を問う選挙も直接民主制度の不備の一つの表れであると考えられます。法的拘束力のある住民投票制度又は住民提案制度が確立されていれば、首長も辞職をする必要がなかったからです。

 地方分権とは地域の多様性を許容することであり、多様性とは住民の創意工夫に基づいた自己決定(住民自治)から生まれます。つまり、地方分権と住民自治は対で議論されなければならない論点なのです。

地方自治法の呪縛を解き放とう

 地方のことを規律する地方自治法は国の決定する制度です。また、地方分権を推進するためには、この地方自治法の抜本的改革が不可欠です。従って、地方分権の本質的な進展が見られないのは政府や国会における地方自治に対する不理解や不作為による部分が多分に大きいと言わざるを得ません。

 しかし、国政における不作為を、指をくわえて眺めている理由はどこにも存在しません。地方自治に関わる人間だからこそ発想できる内容で、国に対して提案をしていけばよいのです。そしてこのような底上げによる国民的運動こそが、地方自治の本質に合致するのではないでしょうか。地方政府の多様化を進める議員連盟の目的もそこにあります。地方自治法の抜本的改正案を地方から提言することです。

 今までのような依存的で画一的な地域の有り様ではなく、地域のことは地域住民が決められる多様性を求めて、今こそ地方自治法の呪縛を解き放つときであると思います。