菅原直敏(神奈川県議会議員)議会報告ブログ〜千里の道も一歩から〜

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神奈川県議会議員菅原直敏の議会報告のブログです。神奈川県大和市選出。無所属。

介護・福祉の施設・活動を巡る旅22件目〜明治時代の社会起業・小野太三郎〜社会福祉法人陽風園

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石川県金沢市にある社会福祉法人「陽風園」を訪れました。前身は明治6年に実業家の小野太三郎翁が開園した「小野慈善院」と言えば、福祉を学んだ者であれば皆が知っているでしょう。日本で最も古い社会福祉施設の一つです。

1.小野太三郎翁と陽風園

小野太三郎翁は、古物商を営む実業家でしたが、自身も眼病のため障害を持っており、明治6年の私財を投じて家屋を購入し、盲人や生活困窮者の救貧事業を始めました。

その後、翁の思いは後進に引き継がれて現在に至ります。昭和天皇今上天皇行幸されたこともあるそうです。

翁の研究のために、研究者がやってくることもあるとのことでした。

2.福祉の総合デパート

陽風園は、救護施設から、老人ホーム、保育園、障害者支援施設など11の施設や事業を抱える石川県内でも最も大きい社会福祉法人の一つです。その意味では福祉の総合デパートと言っても過言ではありません。

現在は施設全体を大規模リニューアル中で、間も無く竣工する施設内も拝見しました。

同法人の施設運営は非常にオーソドックスなものとのことでしたが、「箱を作って魂がなければ意味がない」との考えから、人材育成・教育には力を入れていると総務課長がおっしゃっていました。

大規模法人で働く大きなメリットの一つは、特定の分野や部署を超えてキャリアを積んでいけることです。

小規模な事業所も、事業所間で連携をとることで、擬似的にこのようなキャリア形成を詰める仕組みができないかは課題です。

3.社会起業家社会福祉法人

近年、日本では社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)が注目されていますが、まさに小野太三郎翁こそ明治期の社会起業家と言えると思います。「対象者を制限せず、明治23年ころには、施設救済,金銭援助合わせて400人余となる。39年に事業を財団法人化するまでには延べ1万人余を独力で救済した。生涯を慈善事業に捧げ、その生活は質素を極めたという。(越孝之)」というほどです。

社会福祉を少し勉強すると、近代化の過程で日本の福祉を担ってきたのは、数多くの篤志家という名の社会起業家であることに驚かされます。

歴史のある社会福祉法人は、このような篤志家の系譜によっていることも少なくなく、むしろ社会福祉法人という制度がこのような篤志家を制度化したものと言えるかもしれません。

従って、最近は社会福祉法人に対する批判が増えていますが、批判する際もこのような社会福祉法人や日本の社会福祉の成り立ちをしっかりと理解した上で、批判をしていくべきであると私は常々思っています。

もちろん、戦後に設立された社会福祉法人の中には、このような先人たちの高邁な理念を忘れ、私益を追求する問題のある法人がないわけではありません。また、社会福祉法人という制度自体にも抜本的な見直しが必要な部分もあると私は考えています。ただ、社会福祉法人を十把一絡げにした議論は物事の本質を見誤り、日本の福祉の大幅な後退を招くと私は考えています。

日本の福祉の重みに触れることができた素晴らしい見学になりました。

対応してくださった絹川総務課長、ありがとうございました!

千里の道も一歩から

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